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最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)1946号 判決

上告人

鵜澤清

鵜澤忠

右両名訴訟代理人弁護士

小室貴司

被上告人

関照和

関一枝

程塚富江

加納廣子

鵜澤恵子

右五名訴訟代理人弁護士

松澤與市

主文

原判決中、上告人ら敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人小室貴司の上告理由第一点について

一  本件上告に係る被上告人らの請求は、上告人ら及び被上告人らは第一審判決添付物件目録記載の不動産の共有者であるが、上告人らは本件不動産の全部を占有、使用しており、このことによって被上告人らにその持分に応じた賃料相当額の損害を発生させているとして、上告人らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、被上告人ら各自の持分に応じた本件不動産の賃料相当額の支払を求めるものである。

二  原審の確定した事実関係の概要は、(一) 鵜澤惣五郎は昭和六三年九月二四日に死亡した、(二) 被上告人関照和は惣五郎の遺言により一六分の二の割合による遺産の包括遺贈を受けた者であり、上告人ら及びその余の被上告人らは惣五郎の相続人である、(三) 本件不動産は惣五郎の遺産であり、一筆の土地と同土地上の一棟の建物から成る、(四) 上告人らは、惣五郎の生前から、本件不動産において惣五郎と共にその家族として同居生活をしてきたもので、相続開始後も本件不動産の全部を占有、使用している、というのである。

三  原審は、右事実関係の下において、自己の持分に相当する範囲を超えて本件不動産全部を占有、使用する持分権者は、これを占有、使用していない他の持分権者の損失の下に法律上の原因なく利益を得ているのであるから、格別の合意のない限り、他の持分権者に対して、共有物の賃料相当額に依拠して算出された金額について不当利得返還義務を負うと判断して、被上告人らの不当利得返還請求を認容すべきものとした。

四  しかしながら、原審の右判断は直ちに是認することができない。その理由は、次のとおりである。

共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。けだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。

本件についてこれを見るのに、上告人らは、惣五郎の相続人であり、本件不動産において惣五郎の家族として同人と同居生活をしてきたというのであるから、特段の事情のない限り、惣五郎と上告人らの間には本件建物について右の趣旨の使用貸借契約が成立していたものと推認するのが相当であり、上告人らの本件建物の占有、使用が右使用貸借契約に基づくものであるならば、これにより上告人らが得る利益に法律上の原因がないということはできないから、被上告人らの不当利得返還請求は理由がないものというべきである。そうすると、これらの点について審理を尽くさず、上告人らに直ちに不当利得が成立するとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、右部分については、使用貸借契約の成否等について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告代理人小室貴司の上告理由

第一、原判決は「重大な訴訟手続違反」があり、

その結果は、(以下のとおり)、判決に影響を及ぼすこと明らかな違反である。これは、民事訴訟法第三九五条一項6号所定の「理由不備」、若しくは「理由齟齬」に、又、判例のいう「審理不尽」に該当するものである。

ここで問題とする「重大な訴訟手続の違反」とは民事訴訟の大原則である口頭弁論主義を無視したことである。

即ち、

一、控訴審は、継続審として、第一審手続が準用されている。

従って、控訴審における手続は、口頭弁論主義に基づき、裁判がなされなければならないのである。

いうまでもなく、口頭弁論主義は当事者の弁論に基づくものであるから、当事者として弁論しうることは、訴訟法上認められた基本的権利である。弁論があって、それに対する裁判がなしうるのである。

このことは、裁判所は当事者が弁論を欲すれば、それを拒否できないものである。実際問題としても、裁判は弁論があり、争点が明確となり、これに対し、判決をなすものであり、弁論なくして裁判をなすのは、全くのナンセンスなことだからである。

二、ところで、原審においては、(原審の記録から明らかなように)、平成五年四月七日第一回の、平成五年五月二六日第二回の、平成六月一六日第三回の各口頭弁論期日が開かれ、

これに応じ、上告人は、その弁論の為の準備書面として、平成五年四月七日付、平成五年五月二六日付、平成五年六月一六日付の各準備書面を提出している。

殊に、最後の準備書面は、前日の平成五年六月一五日に提出し、是非とも弁論に上程するよう、その理解を求めたものである。

三、しかし、(各期日の口頭弁論調書の記載から明らかなように)、これらの準備書面は「陳述」・上程はされていないのである。

これは、当事者の意思に反する訴訟指揮であるのみならず、口頭弁論主義に立脚して裁判をなすという、民事訴訟法の大原則を無視したものである。

四、右のような取り扱いを別の表現で述べるとすれば、

結局、原審では附帯控訴の趣旨だけは弁論できたが、準備したにも拘らず、その理由については何等、述べることが出来なかったということになる。

控訴権が認められていながら、それに沿う訴訟活動が許されないというのは、誰がみても、明らかにおかしいはずである。

五、しかも、原裁判所のかかる法を無視した取り扱いは、上告人である附帯控訴人側だけではない。

控訴人側も同様である。(訴訟記録を検討すれば明らかなように)、控訴人側も準備書面を提出しているのに拘らず、「陳述」した扱いを受けていない。

「陳述」したのは、第三回口頭弁論において、(調書に記載されているとおり)、口頭にてなした「賃料相当損害金の請求原因は、不法行為若しくは、不当利得を主張するものである」だけである。

しかも、この口頭の陳述を記載したのも、(後述八、2、②のとおり)、附帯控訴人であった上告人が、「陳述させない」との原裁判所の取り扱いに対して、口頭により異議を述べた結果なのである。口頭による異議がなければ、調書記載すらもなかったのである。

六、これに対し、原裁判所は、次のようにその立場を弁解するかも知れない。

例えば、

イ、「事実上、読んである」とか、

ロ、「その主張していることは、従前の主張の繰り返しであり、無用である」とかである。

確かに、控訴審の構造を継続審と解すれば、そのような取り扱いがなしうる場合があることは否定するものではない。

しかし、少なくとも、本件に関する限りは、右のような考えは、誤りである。以下、「誤り」である所以を述べる。

七、即ち、

(1) 先ず、一般論からいえば、

① 前者のイについてであるが、「事実上読んだ」との、制度的な保証はない。極端にいえば、全ての裁判官が読んだとの保証もない。

② 又、後者の口についてであるが、裁判官が無用と判断しても、全智全能の神でない裁判官としては、そのような取り扱いに誤りがないとは断言できない。

仮に、絶対に誤りがなく、従って、無用であったとしても、それに答えるのが、国民に信頼・納得される、国民の為の、国民の裁判の姿と考えるものである。

勿論、それは民事訴訟法が求める裁判所の姿と信じるものである。

八、殊に、本件では、以下、具体的に指摘するように、「無用」ではないのである。以下、1、2、3でその理由を述べる。

1、「無用ではない」とする理由の一つは、次のとおりである。

① 附帯控訴人である上告人は、原審に於て、これら乙二号証乃至乙一一号証の書証によって、被相続人惣五郎が地代家賃を受領していた事実を主張・立証し、この事実により、賃貸借契約又は、何等かの契約が存するので、不当利得すらにも、該らない旨を述べ、かつ立証しようとして、右書証を提出した。

② これに対し、控訴人である被上告人関関係は、平成五年六月一六日付準備書面の「第二、控訴人らの主張、その三、(三)」において、

右乙二号証乃乙一一号証に関し、

「右各証拠によると、店主である惣五郎が店から若干の地代家賃を受領していた事実が判るが、」と主張し、

被上告人は、その受領の事実を右書面で認めていたものである。

③ そこで、上告人は、この被上告人の書面を前提として、予め準備書面において、右認めている事実を指摘し、惣五郎が地代家賃を受領していたのは、「当事者に争いない事実」になると主張したものである。しかし、この準備書面を「陳述」扱いしなかったので、法廷において、「陳述させない」のは不当であるし、「陳述すれば」、当事者に争いなき事実になるとして、陳述の必要性とその理由を強く訴えたのである。

そして、原裁判所でなされる判決は、この「争いなき事実」を前提にして不当利得に該当するかどうかを判断すべきと強く述べたものである。

④ ところが、この上告代理人の口頭における異議の申し入れに対し、裁判長は、その返事を明言せず、態度を明らかにしないまま、結審したのである。

しかし、その後、口頭弁論調書を見たところ、右書面は陳述扱いになっていないのである。

⑤ 若し、これらの書面が陳述扱いになったとすれば、惣五郎が家賃を受領していたのは、「当事者に争いない事実」となるのである。

そうとすれば、惣五郎と鵜澤モーターが本件建物を使用するについて、惣五郎との間において、賃貸借又は、類似の有償使用の契約関係が成立していたことになるから、不法行為として、ましてや、不当利得としても請求する根拠を全く欠くことになるのである。

⑥ この意味でもって、「無用」だから陳述させないことは、少なくとも、本件では該当しないのである。

2、「無用」でない理由の二つ目は、以下のとおりである。

従って、「陳述」さすべきだったのである。

① 第一審判決は、原告がその請求原因として、不当利得の主張をしていないのに拘らず、

「他の共有者らは、その共有持分権に応じた不当利得の請求ができると解される(原告の請求原因は、この趣旨の主張を含むものと解される)。」として、

訴訟物の異なった不当利得の請求として認容している。

この点は、訴訟法上、問題のあるところである。訴訟物が異なれば、請求原因も異なり別個である。当事者が主張しないのに、右のように認容できるかである。

少なくとも、「釈明権」を行使し、請求原因を整理・確認すべきであったのである。

何れにせよ、附帯控訴人である上告人は、この点も、その控訴理由の一つとして準備書面で言及したのであるが、原裁判所は、如何なる判断をしたのか「陳述」させなかった。

② そこで、法廷において、口頭にて、その必要性を述べたのである。殊に、控訴人は(原審におけると同様)、控訴審の最後の第三回弁論期日においても、従前の不法行為の請求の主張をそのまま維持しており、その変更又は追加して不当利得請求の主張をしないので、今後、下さるべき原判決は(右当事者の態度を含め)、不当利得をその請求原因として判決できない旨も附言した。

③ ところが、原裁判所は、何故か、書面の陳述もさせないのに、その旨を口頭で陳述したことにし、口頭弁論調書に記載したものである。この事実は、陳述扱いすべきだったことを暗に認めている証左なのである。

尚、右調書の記載は「不当利得を主張するものである」とだけであり、不当利得の「要件」の主張は何等、配慮されていない。不備なものである。

3、「無用ではない」理由の三番目は、「陳述」をさしていれば、誤った認定に至らないことである。

① 原裁判所が準備書面は「陳述」扱いしないのに、乙二号証以下の書証は、提出扱いとする、一貫しない処置を採っていることだけではない。

② 原判決のこの提出扱いとした、これら乙号証に関する認定をみると、

「もっとも、成立に争いのない乙第二ないし一一号証及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人鵜澤清及び同鵜澤忠は、昭和五四年分から昭和六三年分の損益計算書中において、本件不動産の地代家賃を年額一二万円ないし三六万円と記載して所得税を申告していることが認められるが、」と、

少なくとも、その申告に関しては、その事実があったことを認定している。

③ しかし、申告に伴う、現実の金の授受があったかについて、

一方で、「右地代家賃が亡鵜澤惣五郎に対して実際に支払われていたかどうかについて確証はない」うえ、「右記載は税務対策上経費として記載されたものに過ぎない」とみる余地もありとして、否定し、

他方において、仮に、「右金額が惣五郎の生前同人に対して実際に支払われていたとしても、それは右被控訴人両名と惣五郎とが家族として同居していた等の事実による生活費ないしは固定資産税の一部とみるのが相当であり、」として肯定し、唯、その授受の趣旨が賃料ではないとし、全く相反する趣旨を述べている。

④ しかし、「賃料として受領していた事実」は、準備書面を「陳述」扱いにすれば、「当事者間に争いなき事実」になった筈であり、右のような、全く相反する趣旨の認定はできないはずである。

仮に、陳述扱いしなかったとしても、弁論の全趣旨等より、(書面に目を通していれば)、「確認」を得た筈であり、決して、右のように異なった認定はできないものである。原判決は、右③で指摘したとおり、現金の授受について、全く相反する認定をしている。このように区々たる認定は、許されるのであろうか。しかも、否定した場合、如何なる根拠で「税務対策上、経費として記載されたに過ぎない」と認定しうるのであろうか。

又、反対に肯定し、支出されたとしても、どうして、その支出が、「生活費」とか、「固定資産税」の一部とか、別の目的に認定できるのであろうか。全く証拠に基づいていないのである。固定資産税は別に支払っており、又、生活費は、賃料以外にも、一切支弁しているのである。

九、以上のように、若し、口頭弁論主義に違反しないで、陳述させていれば、民事訴訟法の定めからして、当然、賃料の支払事実を認定しなければならず、その結果、何等かの有償契約の存在を認めざるを得ないことになる。決して不当利得とは認定できないのである。これは、「明らかに判決に影響を及ぼす結果」なのである。

一〇、しかも、原判決の認定が法理論に反することは、次の点にもある。即ち、

1、原判決は、「そうした前提が失われた同人(被相続人惣五郎)の死後においては」、「右被控訴人両名が他の共有者に対して支払うべき不当利得額を算出するにあたり、右金額は算出の根拠として考慮されるに値するものではないというべきである。」としている。

2、しかし、右は、法理論に反するものである。鵜澤モーターが、賃料を支払っていた事実があり、何等かの有償契約があるとすれば、その賃貸人の死亡でもって、その契約関係の消滅を来すものでない。又、賃貸人の死亡が、賃借人に不利な結果が招来するものでもない。相続による承継の法理が適用されるべきである。

3、又、何等かの契約関係すらも存しないとすれば、元々存在しないのであるから、死亡云為を附言する必要も、理由もないのである。

4、実際、相続人の一人が、被相続人の家業を承継し、守り、従って、その生活の本拠として使用し、しかも、その生活等一切を看てきた者が、被相続人の死亡により、突然に、不法占拠になるとか、不当受益になるというのは、法常識よりしても、納得できない結論と考えられるのである。

不当利得の請求の余地はこの点からもないのである。

一一、なお、原判決の認定をみると、

「しかし、共有持分権者といえども共有物の占有、使用につき、自己の共有持分に相当する範囲を越える部分については、占有、使用していない他の共有持分権者の損失のもとに法律上の原因なく利得しているとみられるから、格別の合意がない限り、占有、使用していない他の共有者に対して、相応の不当利得返還義務を負担し、その金額は共有物の賃料相当損害金に依拠して算出されるべきものである。」と認定しているとおり、

その格別の合意があれば、不当利得にならないとしている。

本件は、まさに、その例である。原裁判所は、この存否について、釈明権を行使すべきであったのである。鵜澤モーターが賃料を支払っていた事実こそ、右「格別の合意」に他ならないのである。

一二、以上の手続違反は重大であり、法三九五条五号「判決の理由不備」又は、「理由齟齬」若しくは判例の認める「審理不尽」として、問疑され、原判決は破棄されるべきものである。

第二、〈省略〉

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